Policy 私たちの考え方
私たちの目指す歯科医療はサイエンスとアートの融合
行き当たりばったりの思いつきの診療をしていては、問題が起きたときに何がまずかったのか、究明することは出来ないのです。本当に必要なことは、華々しいテクニックや最先端の機械、高価な材料ではなく日々の診療においてあたりまえのことを、きちんと一つひとつ積み重ねていくことだと気づきました。そうすることで、本当に大切なことが何なのか、はじめて見えてきました。
臨床で出てきた疑問を解決する方法、それは学術文献を検索してその疑問に答えてくれるような文献を探すこと、そして世界のトップレベルの臨床研究者に会って話を聞くことです。これこそが 本当の サイエンス :科学的根拠に基づく医療(Evidence Based Medicine)だと思います。
今まで私たち歯科医療者は 、サイエンスの部分の勉強はしてきましたが、アートの部分の勉強はあまりしてきませんでした。本当に意味のある血の通った歯科医療を実践していくためには、私たちはアートの部分の向上を考えていかなければならない時代になってきていると思います。
このことについて、 歯界展望の2008年11月号 から「 歯科臨床におけるナラティブ・ベイスド・メディスンの実践 」というテーマで連載しています。
私生涯自分の歯でかむことを目指して
あなたは、現在ご自身の歯が何本あるかご存知ですか?
歯科医院にいらっしゃる方にこの質問をして、自信を持って答えられる方はそう多くはありません。さて、ご存じない方は、鏡を持って数えてみてください。何本ありましたか?
歯科医師会の提唱している8020運動とは、「80歳で20本の歯を残しましょう」というものです。年々改善はされているものの、残念ながら現在の日本国民の80歳における平均残存指数は約14本で、まだ20本にはとどいていません。
下のグラフは厚生省の歯科疾患実態調査における資料をもとに、年齢とともに歯数がどのように減少していくかを示した歯の生涯図です。50パーセンタイルが平均です。さてあなたはグラフのどこにいるでしょうか?
もし、そうでなくてもガッカリする必要はありません。私たちといっしょに予防をしていくことで、3パーセンタイルや10パーセンタイルの人たちのように、今残っている歯を持たせていくことが可能になります。実際に予防先進国の北欧の国々では、平均で8020達成しています。
とかじ歯科は、あなたの歯を治すだけはなく、生涯にわたって守っていくお手伝いをさせていただくことを使命として、日々の診療に取り組んでいます。
風が吹けば桶屋が儲かる
私が大学の歯科臨床研究所で2年間の研修を終えてみて、自分には矯正歯科臨床の技術が必要だと感じ、矯正歯科で勉強をしようと決心したときに、インストラクターの先生から言われた言葉が、「矯正治療で顎関節症患者をつくるなよ。」でした。その当時はまだ、顎関節症という疾患についてはよくわかっておらず、矯正治療が原因であるという説も巷に流れていたためでした。早速、矯正歯科の先輩の先生に顎関節症について質問したところ、答えに窮していたことをよく覚えています。その後、私が矯正歯科診療所に勤務してから2年ほどたったとき、アメリカ矯正歯科学会で、矯正治療と顎関節症の関連性について大規模なリサーチが行われ、矯正治療と顎関節症との因果関係は否定されました。
簡単に言うと、アメリカでは矯正治療を行うのは10歳代の子供たちに多かったことから、10代の矯正治療を受けた子供たちの群と同年齢で矯正治療をしなかった子供たちの群における顎関節症の発症率を調べました。その結果、両群には差がなかったことから、顎関節症発症に矯正治療の有無は関係がないということがわかったのです。その後の疫学研究で、顎関節症という疾患は10歳代に発症し、その発症率は20~30歳代でピークになりその後は徐々に低下していくことがわかったのです。すなわち、偶然にも顎関節症の発症時期が、矯正治療を行うことの最も多い思春期と一致していたために、このような誤解が生まれたのです。
このように今の医療で信じられていることが、将来、新知見によって変わる可能性がことがあるということを、私たち臨床家は肝に銘じておく必要があるのです。このことについては、ケンタッキー大学で顎顔面痛の研究、診療をされているオケソン教授から、こんなお話をお聞きました。
我々の持つ情報は十分ではありませんし、また持っている情報も全てが真実でないことをまず認識することが必要です。その上で、情報を次の3つに大別して考えます。
1. ハードコア インフォメーション
絶対的に不変な真実とみなされるもの。(例)地球は太陽の周りを回っている。
2. ソフトコア インフォメーション
研究などの結果によって得られる情報。これは新たな情報で変わる可能性がある。
3. フリンジ インフォメーション
経験によって得られるものや、科学的裏付けの不十分な情報。
診療の基礎となるのは、ハードコア、真実の部分です。それが十分でなければ、ソフトコアの部分へ、それでも不十分ならフリンジの部分の情報を使います。今 自分が持っている情報がどのコアの部分に属するのか、それを常に考え、吟味して臨床に適用していくことが、EBM(Evidenced Based Medicine:科学的根拠に基づく医療)の実践ということになります。
これが私たちの基本姿勢です。
これからの医療に求められるものは何か?
今までの日本の医療は、治療中心の医療で、病気を治すことが医療の目的でした。しかしこのことが、一方で「病をみず人をみよ」という医療本来のあり方をしばしば見失わせ、医師が患者という人を診るのではなく、病気という現象のみを診ることになり、患者不在の流れ作業的な診療をおこなうことの原因になっていました。
病気を治せば、医療の目的は達せられるのでしょうか?
特に歯科領域においては治療=真の治癒ではありませんので、治療を繰り返すたびに歯は削られて、少なくなり、最終的には失うことになります。
統計によると、詰め物かぶせ物の多くは10年もっていません。
そして、その結果、生涯自分の歯ですごせない日本の高齢者の現実があるのです。(平成11年の歯科疾患実態調査の結果によると、80歳における平均残存指数は7.4本でした。)
しかしながら、治療において行うべきことをきちんと行い、予防のための正しい知識を身につけて頂ければ、詰め物やかぶせ物はもっと長持ちし、結果 として生涯自分の歯で過ごすことが可能なのです。実際に歯科医療を予防中心の医療に切り替えた北欧の国では、80歳で平均20本の歯を残すことに成功しています。そして、驚くべきことにスウェーデンで行われた調査では、日本では8年しかもたないブリッジがなんと20年ももっています。
私は医療の最終的な目的は、個々の人々が治療を通じて正しい知識を学び、健康の重要性を認識し、自らが自身の健康を管理し、予防していくことで、豊かな人生を送れるようになることだと考えています。
このような医療を実践していく上では、私は次に述べる2つの医療のあり方が必要となると考えています。
医療の大きな2本の柱、それは
EBM(Evidenced Based Medicine)科学的根拠に基づく医療
NBM(Narrative Based Medicine)患者の語る物語に基づく医療 です。
今の医療はEBMだけが非常に強調されてしまい、臨床所見と検査データだけの病気という現象のみを診る、患者不在の医療になっています。
EBMとNBM、この2つ考え方は、あまりにも対照的であるが故に、互いに相容れないもののように考えられがちなのですが、医師の行う臨床というものを、病気という現象を診るのではなく、患者という感情をもつ一人の人間を診る技術としてとらえるならば、両者は対立するものではなく、互いに必要とし、補完しあう存在になるのです。
インフォームドコンセント(説明と同意)という言葉があります。医療の現場においてこのことの重要性が言われるようになってから、数年が過ぎました。しかしながら、実際のインフォーム ドコンセントは、多くの場合、医師から患者への一方的な情報提示にとどまっているのではないでしょうか。その説明も万が一の時、患者の側ではなく、医師を守るためのもののように思います。そして、その内容を医師は患者さんの理解できる言葉でわかりやすく説明しているでしょうか?患者さんが正しく理解できたか、医師はフィードバックを求めて確かめているでしょうか?
患者の身になり、医師が患者と関わるときに、両者の間に信頼関係ができ、その対話を通じて、患者さんは自分にとって病気の本当の意味を考えるようになるのではないでしょうか。
歯科診療において大切なことは何か?
そのためには、十分に患者さんの話を聞くことが、なによりも大切です。
患者さんの語るどんなエピソードも、正確な診断をし、よりよい治療計画を立てる上で、有益な情報となります。医師が患者さんの話を十分に聞くことができれば、それだけで多くの場合診断がつきます。その上で必要なレントゲンを撮ったり、口の中の診査を行ったりすることで、診断の信頼性をより高めていくのです。今の医療はどうしても短い時間の中で、診療をすることをしいられていますので、医師は患者から診断のために必要な情報のみを聞き、検査により確定する といった方法をとることになりがちです。その結果、どうしても検査に重点を置くことになります。保険診療報酬も話を聞くことの報酬は初診料に含まれてしまうのに対し、検査に対しては各種検査料が算定できるため、このことも検査に頼り、十分に話を聞くことのできない原因になっています。
歯科医療カウンセリングとは?
EBMの定義は 「最新かつ最良の根拠を良心的に正しく明瞭に用いて、個々の患者のケアについての決定をすること」とされていますが、多くの医師の間ではEBMとは「客観的データに基づいて診断や治療を行うことである」という誤解があり、一方的に患者に客観的データを示すことのみが、臨床において行われています。客観的データはあくまでも、病気という現象の一部分をあらわしているにすぎませんが、患者の思い、気持ち、感情などの主観的な要素をできるだけ排し、客観的情報のみによって診断、治療方針決定することがEBMの実践であると誤解している医師が多いのです。
なぜ治したところがまた悪くなってしまうのか?
実際の診療においても、以前に治療した歯の再治療を行うケースが多いことは事実です。
じつは細菌以外に治した歯が壊れてくる原因がもうひとつあります。それは咬合力(かむ力)です。堅い物をかむとき歯には何十キロもの力が加わります。寝ているときに無意識下で起きる歯ぎしり、くいしばりではもっとすごい力がかかり、歯を折ってしまうことすらあります。もちろん力の程度には 個人差がありますが、歯が残り少なくなると、残された歯に加わる負担はより何倍にもなります。
上の写真の矢印は、歯の根にはいったクラック(ひび)を示しています。入れ歯を支えていた歯だったのですが、咬合時に違和感を訴えていました。顕微鏡で確認したところ破折線が認められましたので、相談の上抜歯させていただいたものです。私のところで治療させていただきましたが、残念ながら8年目に抜歯になりました。かぶせ物の継ぎ目に全く隙間がないことに注目してください。適合の良い修復物は虫歯になりにくいのですが、このように力によってだめになる場合もあることを知っておいてください。
よく、「奥歯だから見えないので、歯がなくてもいいです。」という患者さんがいます。これは実はとても危険なことです。通常上の前歯は下の前歯におおいかぶさるように生えています。奥歯はかみ合わせの高さを維持しているのですが、これがなくなると上の前歯は下の前歯に突き上げられ、壊れてしまいます。逆に前歯は奥歯に悪い力がかからないように守ってくれています。
かみ合わせに問題がある場合には、力のコントロールも含めた治療が必要なことがあります。
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